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亀有上宿商店会トップページ亀有上宿散歩>上宿と旧水戸街道・一里塚と水戸黄門
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■一里塚と水戸黄門像
一里塚1
水戸黄門2
上宿の名物モニュメント
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上宿と旧水戸街道・一里塚と水戸黄門
水戸黄門1
亀有上宿町(現亀有1・2・3丁目の複合域:以下「上宿」)の北部を西から東に貫いているのが「旧水戸街道」です。現在の水戸街道である国道6号線からは、およそ1km北に位置しており、現在でも綾瀬方面と新宿方面を結ぶ主要道路として利用されています。

旧水戸街道と上宿との関係で最も深いつながりは、上宿の旧水戸街道上に「一里塚」が置かれているところにあります。「一里塚」は江戸時代、街道上の往来の目安として、江戸日本橋を中心に1里(約4km)ごとに終着駅まで設置されたものです。

旧水戸街道は江戸日本橋から水戸黄門の国元の水戸を結んでいました。水戸光圀は江戸に常駐であったため、国元との連絡で武家関係の往来が多くあったと言われ、また下総や常陸、さらに東北各地の領主の参勤交代にも頻繁に使われていました。そのため街道沿いは武家方の宿泊施設(本陣)や一般向け宿泊施設が発達し、駅ごとの宿場町は発展を極め、物資の運搬が盛んに行われていたことから、当時中央と地方を結ぶ最も重要な街道の一つであったことが伺い知れます。

上宿に置かれた「一里塚」は、日本橋より三里に位置していますが、現在ある一里塚はもともとあった場所から約10メートル西に位置した歩道の片隅にあります。(写真)

おもしろいところは、一里塚の傍らに水戸黄門、格さん、助さん像が置かれているところです。(写真)このモニュメントは、江戸時代に諸国漫遊に出掛けた水戸黄門(あくまで物語の話です)が水戸から西方面に出向く時は水戸街道を利用したことと関連づけ、地元亀有上宿のシンボルになるよう思いを込めて建てられました。

既に、いくつかのウェブサイトではこのモニュメント写真を掲載しているところもあり、また、JR亀有駅の記念スタンプにはこのモニュメントを使ったデザインが施されています。